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曇天日和

どんてんびより

眩惑の水辺

荀彧が連合軍に迎え入れられて、数日が過ぎた。
初めて見る景色に異なる国、時代から来た者たち。そして繰り広げられる、神々との大規模な戦。
置かれた状況について、戸惑う余裕などなかった。誰もが目の前に迫る驚異に、力と才の限りを尽くし立ち向かっている。
荀彧も例外に漏れず、直ぐに従軍の機会を与えられ、連合軍としての戦いに身を投じていた。



「ん…っ」
じとりとした蒸し暑さを感じて、目を開く。
体を起こして辺りを見回すが、仲間の誰も起きてはいない。
傍らにある陣幕をちらりと捲ったが、まだ朝の気配ではなかった。
荀彧は小さくため息をつくと、寝静まった仲間を起こさぬよう、そっと寝床を抜け出した。

この世界に来てからというもの、眠りが浅いのが荀彧の悩みだ。
無論、生死と隣り合わせの戦場に赴いている時は、誰しもそう容易くは眠れないもの。
ただ、そういう緊張状態とは別に原因があることも感じ取ってはいた。
起きるときは決まって、体に纏わりつく暑さが、明朗な目覚めを邪魔してくる。
この世界に来る直前まで、冬の季節を過ごしながら次の戦に備えていた。そこからいきなり春を越して、初夏に近い気候の只中に放り込まれたのだ。
理性にて己の精神を律することは出来ても、身体への負担はそう覆い隠せるものではないということを荀彧は痛感していた。

着替えを済ませて、陣幕から出た。頭上には星が瞬いているが、東の空はやや白んでいる。
このような異世界でも、日は東から静かに昇るのだ。


少し歩くと、本陣入り口で見張り番をしてくれている足軽が頭を下げた。
荀彧も微笑みながら挨拶する。
「おはようございます。お役目、御苦労様です」
「散策でございますか?」
「ええ。朝の空気を少し浴びたくて…すぐ、戻ってまいります」
「ではお気をつけて」
足軽は、すぐに荀彧を通した。
軽く会釈をすると、荀彧はいつものように右手の森へと向かった。


荀彧がその場所を知ったのは、連合軍へと歓迎された時のことである。
本陣まであと少しというところで、景色の美しさに思わず見惚れた。
異形の者らや不可解な地形ばかりが目につくこの世界にも、このような心安らぐ場所があるのだと。やけに印象に残った。

森の道をあっという間に抜けると、視界が一気に広がる。
しんとした朝の空気に包まれた絶景が、今日も荀彧を出迎えた。
「ああ…」
風もなく凪いだ湖は磨かれた鏡面のようで、空を映し青く輝いている。
そのほとりで、荀彧は深呼吸をした。靄がかかったような頭が冴えていく心地がする。
元の世界に比べ、幾分暑さを覚える気候も、ここだけは涼しく感じた。
水面に手を差し入れると、その冷たさが更に荀彧を覚醒させる。
少しだけ掬いとって顔を漱ぎ、口を潤す。それだけで気分はがらりと変わった。
懐に忍ばせたさらし布で顔を拭い、空を見上げる。たった数刻の間に、より東の空が明るくなっているように感じた。

「えっ…?」
視線を頭上の空から湖に戻した時、荀彧は異変に気づいた。
自分が立っている汀の遥か先に、その異質な姿を捉えた。

真っ青な体に、透き通るような水色のたてがみと尾。
四つ足で水面に降り立つ様は、鹿のような華奢さがあり、脚からは水煙が立ち上っている。
頭から口吻にかけては鋭い鏃のごとき、そして黄金色に輝く両眼。ともすれば、鳥にも見えた。

遠く離れた位置からでも伝わるその偉容に、荀彧は息を呑む。
戦場で相見えた異形の怪物たちとはまた違う、畏怖すら漂わせる佇まい。
ただの動物ではない。神か、またはそれに限りなく近しい存在。
「…っ」
荀彧は視線を動かさぬまま、後退りを始めた。
何しろ自分たちは、神々と真っ向からの戦を余儀なくされている身だ。
あの生き物がもしも同じく異世界の神や、その味方であれば、敵対は免れない。
今、一人で相手をすることは無謀であるし、本陣に残る仲間たちに伝達すべきだ。
しかし本陣は背後の森を抜けたすぐそことはいえ、背を向けて逃げ出しては確実に追われる。そう直感が告げていた。
足元の砂も鳴らさぬよう、最大限神経を研ぎ澄ませながら、一歩ずつ後退していく。
十分に距離を起き、森の木陰まで入り込んだ瞬間、荀彧はさっと駆け出した。


「っ、あ!」
この森に迷う要素などない。短い一本道を抜ければすぐに本陣のはずだった。
ところが、森を抜けた先で待っていたのは、つい今しがた見ていた美しき湖畔の風景。
惑わされた。そう思う間もなく、ざぁっと冷たい風が荀彧に吹き付ける。
「うっ…!」
日頃感じる蒸し暑さとはまるで違う冷ややかさに、身が縮こまった。
それだけではない。背後にじりと迫る強い圧が、荀彧の背に冷や汗を滲ませる。
今、自分の後ろに立つ存在が何かは、十分に悟っていた。
意を決し、荀彧は振り返った。

「あ…」
想像していた通り、いやそれ以上の大きさにまずは面食らう。
華奢な胴体からして鹿ぐらいの全長かと思ったが、ゆうに馬と同程度はあるだろう。
真っ青に鋭く尖った頭、その両脇にある眼は金属的な光を放ち、荀彧を真っ直ぐに捉える。

『汝、名を申せ』

男とも、女ともつかぬ声が響いた。
それが眼前から放たれたものであると理解するのに、やや時を要した。
「っ!?」
人語を理解し、操る能力。この生物が人智の理を越えた存在であることは明白だった。
『汝、名を申せ』
もう一度、その不思議な声色が響き渡る。
はっとして、荀彧は頭を下げた。
「名乗りもせず不躾な眼差しを送ったこと、ご容赦ください。私は荀彧。字を文若と申します」
『荀彧。汝もまた、ゼウスとやらの気紛れに付き合わされた人の子か』
青い四足の生物は、尚も荀彧に言葉を投げかけてくる。
「はい。気がついた時には、この世界に」
『近頃やけに戦の騒がしき音が聞こえるのは、汝ら人の子と神の所為か?』
「その通りにございます。私も、連合軍の末端に名を連ねております」
『…成る程な』
青の生物は今一度、荀彧を見据えた。
『我が名はケルピー。この湖の主』
「ケルピー、殿…?」
異国の響きを伴うその名は、この世界に来てより幾度も見聞きした神々と似たものを感じる。
『この湖に居着いて気ままに過ごしていたのだがな。突然湖ごと妙な世界に混ぜ込まれて、苛立っていたところよ』
「では、貴方様も、知らぬ間にこの地へ?」
『ああ。一言、文句でも言ってやらねば気が済まぬとは思っていたのだが』
「そう、でしたか…」
内心、荀彧は安堵した。少なくともこの霊獣は、ゼウスやアレスたちとは一線を画す存在であるらしい。
この世界を作り上げ、戦いを始めた神々らに良い感情を抱いていないということは伝わった。
だが、そう思えたのも束の間。

『まあよい。ならば』
「えっ?」
突然、ケルピーの後方から何かが荀彧に伸ばされた。
「あっ!?」
魚の鰭のような膜に覆われた尾が、荀彧の体へと纏わりついてきた。
ひやりとした感触が背筋を震わせる。
「何を…?」
『少し前より、汝はこの湖によく足を運んでいたな』
「は、はい」
『この湖の水は、汝の肌に合ったか』
「…っ!」
一段階低くなった声に、咎めの色を感じ取る。
咄嗟に荀彧は謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。美しい景色と、水の冴えた冷たさについ甘え…どうか、お許しを」
湖の主というからには、この湖はケルピーの所有物という認識でよいのだろう。
そこに、人である自分が手を出した。それを言われていると思ったのだ。
だが、ケルピーは首を横に振って、荀彧の懸念を否定した。
『構わぬ。この水が汝の肌に合うならばよし。むしろ好都合』
「え…?」
好都合、という言葉の意図を読めず、荀彧は訝しみながら見上げた。
その瞬間、ケルピーの鼻面がぐいっと眼前に迫った。
「っあ、んっ!んぅっ…!?」
驚く間もなく、荀彧の唇に生温かい感触が押し当てられる。
あっという間に口をこじ開けられたかと思うと、それは奥へと割って入ってきた。
「っく、ふ…ん、んっ…っ!?」
意思を持った舌が自分の舌と絡み合う感触に、背筋が粟立っていく。
「っ…っは…あ、はぁ…あ」
ひとしきり口内を蹂躙され、やっと解放された時には息が上がっていた。
頬を紅潮させ、小刻みに体を震わせる荀彧を見て、静かにケルピーが呟く。
『…思った通りの、良き味だ』
「っはっ、あっ、は…な、何を…なさるのです…?」
思わず荀彧は口元を押さえた。自分は今一体、何を受けたのか。
激しい口吸いを施されたということを、認識はできても、理解がまだ追いつかない。

『荀彧。我が何故、汝を惑わしたか、わからぬか?』
硬質な金色の目がぎょろりと動かされる。そこから感情は一切読み取れない。
ただその声は、どこか愉快そうな調子を孕んでいるように聞こえた。
『初めて汝の姿を見し時より、こうして相対するのを待っていた。汝があの騒々しき神共の側についていたのならばまた別だが、そうでないなら話が早い』
そこまで言った直後、今まで荀彧の体に巻きついていた尾に力が入った。
「え、あっ!?」
太腿付近を抱えあげられるような圧力がかかり、荀彧は体勢を崩してしまう。
そのまま、砂地へと倒れ込む形になった。
そこへ追い打ちのように、鋭く尖った口吻が首筋へと伸びる。
「何、を、あっ!?」
戦装束の留め具を剥ぎ取られ、強制的に前を肌蹴させられてしまった。
『汝のその身、我に捧げよ』
その言葉を皮切りに、ケルピーの口吻から長く太い舌が伸ばされた。
「あ、あぁっ!?」
露わになった胸から首筋にかけて、一気に舐め上げられた。
同時に、言いようのない感覚が荀彧の体内を駆け抜け、震え上がらせる。
『顔だけでなく、体も美しいな。鳴く声も』
尚もケルピーは荀彧の肌に舌を当てる。今度は一息にではなく、ゆっくりと。
胸の飾りに到達したところで、それを丹念に責め立てた。
「あっ、やめ…っ!やぁっ!」
荀彧の口から悲鳴が上がる。それに、既に甘い響きが混じっていることは自覚できなかった。
「お、お願い、です…お許しを…」
与えられる行為を罰だと思い込んだ荀彧は、必死で懇願する。
しかしケルピーは意にも介さず言い放った。
『何を怯えている。ただ黙って、我に委ねればよい』
「っ、やぁっ…うっ…んっ!」
肉厚の舌は執拗に体を伝い、弱い箇所を的確に弄っていく。
そのたびに、抗えないほど強い快感が駆け巡り、荀彧の心身は揺さぶられた。
いきなり押し倒され、肌を暴かれて。この状況はとても受け入れがたいものなのに。
「あ、あっ…あぁっ…!」
金縛りにでもあったように、指先ひとつも動かすことができなくなっていた。
今までに経験したことのない快楽に喘ぐ、それのみ荀彧に許された。

「っは、あっ…!」
気づけば下半身の腰留めや下穿きも剥ぎ取られ、勃ち上がりかけた芯を露わにされていた。
羞恥に頬を染め、どうにか身を捩ろうとする。それが、己を弄ぶ存在を煽るとも知らず。
『よい眺めだ』
ケルピーは満足げに言うと、先走りの蜜を零すそこに舌を這わせた。
「やぁっ!?」
ただでさえ、その舌から与えられる刺激に蕩かされているというのに、いきなり急所にそれが宛がわれたのだ。
例えようもない強烈な快感が、荀彧を締め上げる。
「ひっ…あ、っ…!うっ、あぁっ!!」
舌に絡め取られるどころか、口吻全体に呑み込まれ、きつく吸い上げられた。
「あ、あ、ああーっ!う…あっ、んんんっ!」
根元まで咥え込まれた上先端を舌先で突かれては、我慢も限界だった。
解き放たれた瞬間、目の前が真っ白になっていく。
「っは…はぁっ…あー…」
あまりにも熱く激しい口淫は、人の範疇を越えるものだった。
必死に肩を上下させながら、荀彧は息を取り込み、せめても呼吸を整えようとする。
だがそんな余裕すら、ケルピーは与えようとしない。
『汝が蜜、実に甘美』
「っあ…!」
囁かれた熱っぽい吐息が、荀彧を耳からも犯す。
最早全身が支配されたも同然だ。どこに触れられても、今は快楽として受け取ってしまう。
一度達したにも係わらず、熱が収まることはなかった。

「お、おゆるし…くだ、さっ…あ、う…ひうっ…!」
何度も何度も体中を舌で弄られ、吸い尽くされ。
気を遣るたび、精を根こそぎ啜られていく。荀彧はただ翻弄されるほかなかった。
『ふ…素晴らしい』
「あ、ぃやぁあああっ!!」
今ひとたび、舌が荀彧の芯に纏ろった。それだけで荀彧は背筋を反らせながら達する。
最早透明になってしまった蜜をも舐め取り、ケルピーの目がぎらりと光った。
『そろそろ、証を注ぎ込むとしよう』
ケルピーは尾で荀彧の体を転がし、うつ伏せにした。
「っ、え…ぁっ!?」
急に体を反転させられて戸惑う間もなく、秘所に生温い感触が走った。
「ひっ、あ、うぁっ…そん、なっ…ひゃあっ!」
舌で濡らされ押し広げられていく感覚が、荀彧を羞恥の極致へと駆り立てる。
たまらず声を上げても、当然制止にはなるはずもなく。
たっぷりと艶を帯びた嬌声が、口の端から漏れ出ていくだけ。
「っは…あ…っ?」
ふいに、後孔を這い蹲る舌の感触が離れた。
しかしそう思う間もなく、別の何かが押し当てられる。
『…行くぞ』
「っえ…あっ…あ…――――――っ!!」
荀彧の息が詰まった。
質量を持った長いものが、静かに、しかし確実に中へと入り込んでくる。
慣らされたせいか強い痛みは感じないが、腹の内にかかる圧が凄まじい。
「っっ…うぁ…!!」
『力を抜け』
耳元で囁かれても、首を振って意思表示するのがやっとだった。
「む、むり、で、す…あ、ひゃぅっ!?」
それでも耳をねっとりと舐め上げられた瞬間、脱力感に襲われた。
ケルピーは尚も荀彧の耳に舌を押し当て、舐め回しながら荀彧を穿っていく。
「ああっ…!あ、んっ」
絶えず伝わる快感が、荀彧の腰回りの力を抜けさせ、圧迫から解放する。
『ふ…よいぞ、荀彧』
人の身に、自分の雄の象徴のすべては受け止め切れないと知っている。
ある程度のところで止めると、ケルピーはゆるやかに律動を始めた。
「はぅ…あ、ああっ…あぁっ、あ!?」
腰を揺すられるごとに、次第に中の敏感な部分が反応していく。
何度も吐精して萎えていたはずの中心も、ついに首をもたげ始めた。
再び、荀彧の口から甘美な声が発せられるようになったところを見計らい、ケルピーは動きを強めた。
「ひあっ!あ、あっ!ぁ、うっ…ああ…!!」
奥の方から、波のような快楽がひたひたと這い上がってくる。
「い、いやぁっ、や、ああっ…あ、うぅ…!!」
迫り来るその時を前に、荀彧の目から大粒の涙がこぼれた。
人ならざる者との行為にすべてを呑み込まれ、我を忘れて乱れ惑う。
それが何よりも、恐ろしい。このまま、自分が、自分でなくなることが。
「いっ…あ、ああっ…あーっ…!!」
しかし霊獣より与えられる激流のごとき快楽に、人の身で逆らうことなどできなかった。
目の前で、ちかちかと白い火花が散る。
『さあ…終いだ』
「あ、あっ、あ…んっ、あ、ああああああっ!!」
完全に溺れ切った声を上げながら、荀彧は果てた。
それより少し遅れて、腹の中で雄が震え、精が一気に注ぎ込まれていくのを感じる。
じわりと腹の内に広がる温かさが、疲弊した体を包み込んだ。
「んっ…あ、あ…あ…」
荀彧の意識は、そこで途切れた。




「うぅ…っ」
目を覚ました時、まず自覚したのは途方もない倦怠感だった。
どうして、こんなに疲れているのだろう。疑問を覚えつつ身を起こそうとした。
「っぐ…!?」
腰に鈍痛が走った。その瞬間、おぼろげだった荀彧の頭が覚醒する。
「っ!」
跳ね起きると、そこは見慣れた湖のほとりだった。
慌てて周囲を見回すが、誰も、何もいない。
乱され、剥ぎ取られたはずの装束も、いつも通りきちんと身に纏っていた。
「っ…う…!」
一瞬、夢だったのかと疑った。いや、夢なら夢であってほしい。
でも違う。あれは夢などではない。
見た目には何も変化はなくとも、この腰を覆う痛み、心身に残る疲労。
体中を弄ぶ生温かな舌先の感触も、貫かれた際の圧迫も、全て実感を伴って覚えている。

『汝に、我を使役する権利を与える』

聞き覚えのある、不可思議な声がした。
はっとして振り返った先に、黄金に輝く円陣が浮かび上がる。
茫然と見つめたそこから、青く伸びやかな四肢を持つ姿が現れ出た。
「あ、あっ」
湖の主。そして、つい今しがた自分を犯した存在。
『その代わり、汝は我に身を捧げ続けよ』
ケルピーは動けぬ荀彧に近付き、その鋭い口吻を頬に寄せた。
次いで、ちらりと覗かせた舌が首筋を這う。
「あっ…!」
蘇る嬲りの記憶が、荀彧の背筋を凍らせ、強烈に突き付けてくる。
この霊獣の手からは逃れること叶わぬと。

『共に、神々との戦を楽しもうぞ』
背後の湖が、ざわりと波立った。




2018/10/04

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