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曇天日和

どんてんびより

情動に沈む

「文若殿、少し疲れていませんか?」
軍議が終わった後、荀攸は思わず声をかけた。
「え……すみません、ご心配おかけして」
「いえ、謝ることはありません。顔色が優れないように見えたので」
「…そうですね。昨日はよく眠れていなかったので」
荀彧は困ったような笑みを浮かべて、手にした竹簡の束に目を落とす。
すぐに荀攸は察しがついた。
「なるほど、今日のためにそちらすべてを?」
「はい…ここのところ前線に従軍することが多くて、なかなか頂いた報告に目を通せていなかったのです」
「無理は禁物ですよ」
自分も決して、職務を疎かにする性質ではない。
だが目の前の年下の叔父は、とかく昔から輪をかけて真面目なのだ。
時折、その責任感の強さが首を絞めることにはならないだろうかと不安になる。

「なんとか今日の軍議には間に合わせようと思い…ふぁ」
小さいものではあったが、荀彧には珍しい欠伸が漏れた。
本人も驚いたらしく慌てて口元を抑える。
「すみません。お見苦しい所をお見せしました」
「…やはり、もう休んだほうがよろしいかと」
「ええ。あとはこの竹簡を書庫に戻してくるだけですので、そうしたら公達殿の御助言に従います」
若干ばつの悪そうな、しかし穏やかな微笑みを浮かべて荀彧はその場を後にする。
正面から今日の顔色を見ているせいもあるかもしれないが、後ろ姿もどことなく元気のないものに見えた。





「文若殿、いらっしゃいますか?」
日が傾き始めた頃。荀攸は許昌外れの別邸前まで来ていた。
書庫や自宅とは別に、書物や竹簡などを管理する場所として曹操が荀彧に貸し与えたものである。

生真面目な彼のことだ、あれからまた政務に行ってしまったのではないか。
そう懸念した荀攸は、本当に帰宅したかどうか確認するため、荀彧の家を訪ねたのだ。
応対してくれたのは使用人で、やはり自宅にはいないという。
『ああでも、一度こちらに戻られて、別邸に行くと仰ってました。今日はそちらでお休みになるおつもりでは?』
その言を受けて、別邸を訪ねに来たのである。

しかし、声をかけても返事がない。ここにもいないのだろうか。
「文若殿……えっ」
扉に手をかけると、ギィッと鈍い音がした。驚いたことに鍵がかかっていない。
彼にしては随分と不用心なと、不審に思いつつそのまま扉を押し開けた。
「…文若殿?」
入口に、従軍の際着用する革靴がきちんと揃えて置いてある。
つまりこの邸の中にはいるという証だ。
返事がないことを訝しがりつつ、荀攸は上がり込んだ。

「……っ!?」
奥の窓際は寝台になっている。荀彧は確かにそこにいた。
それだけなら荀攸もさして驚かなかったろう。
だが、問題はその格好だ。
「文若、殿…?」
荀彧といえば、従軍用の装束は勿論のこと、儀式用の服や平服に至るまで決して着崩さず、身だしなみをきちんとしていることに定評がある。
が、今荀攸の目に映っているのは、脱ぎ散らかされた青い装束と、下着姿で寝台に横になった彼の姿だった。
「文若殿、大丈夫ですかっ」
体調でも悪いのかと慌てて駆け寄ったが、よく見れば荀彧本人に特に変わった様子はない。
時々聞こえる寝息と、正常な感覚で上下する体が、彼が単に気持ちよく眠りについていることを示していた。
まずは一安心とため息をつく。

「…無理をなさるからです」
同時に、自分が思うより、そして本人が思う以上に荀彧は疲れていたのだということを悟った。
満寵ならいざ知らず、荀彧がここまで周囲を気にせず眠るなど。
まして、靴はなんとか揃えても鍵をかけ忘れるという大失態をやらかしている。

窓から差し込む西日が、うっすらと荀彧の寝顔を照らす。
その整った顔立ちに、思わず荀攸は目を細めた。
幼い頃から端整だと親族間でも評判であったし、また荀攸も素直にそう感じていた。
そしていつの間にか自分の背を追い越し、成人した彼は今や、誰もが一度は振り返るほどの美男子だ。
荀一族きっての英才にして、眉目秀麗。そして清廉な性格。
生真面目過ぎて頑ななきらいもあるが、それが彼を曹操軍で確固たる立場にしている。
この美しく聡明な年下の叔父は、荀攸にとっても眩しい存在だ。

寝台に腰掛け、夢の中を漂う彼を見つめる。まだ起きる気配はなかった。
「超過労働は体の毒ですよ、文若殿」
届かぬとわかっているお小言を口にし、荀攸は頭をそっと撫でる。
昔、何度もそうしたように。

沢山の書物を読み過ぎては自分の部屋で寝てしまった、子どもの彼を思い出す。
その時は決まって、荀攸が起きるまで傍についていた。
どんなに聡さと礼儀正しさを備えていても、寝顔はやはり幼くて。
頭を撫でると気持ちよさそうに身じろぎをする、その子どもらしい仕草が愛おしかった。



「んん…っ」
ふいに、形の整った唇から吐息が漏れた。
「っ」
瞬間的に、荀攸の背筋をぞくりとしたものが伝わる。
跳ね上がった脈を感じてしまい、思わず荀彧の頭から手を離した。
だが腹の内は収まることなく、何かがざわめく感触がする。
「ん…ぅ……」
尚も荀彧の口からは、か細い声が漏れ聞こえる。
ただの寝言なのに、何故かそれには艶の帯びたものを感じた。
「っ…」
視線をずらせば、常なら見ることのない首筋と鎖骨が目に飛び込む。
今、彼は装束の下に身に着けた下着のままだ。平服ですらない。
普段首元まで覆い隠す装束を纏っている彼だけに、肌が露出しているのは珍しくもあり、また妙な色香を漂わせているように見えた。

あの幼き少年時代を越え、溌剌とした青年期をも過ぎて。
だがそれでも、いやむしろ尚、彼の美貌は月日を経るごとに増している。
それは、幼き日を知る者だからこそ持つ感慨。そして、胸の高鳴り。

気づけば、荀攸の手は再び荀彧へと伸ばされていた。
艶めく髪に優しく触れ、そのまま頬へと手を落としていく。
「んぅ…」
「文若、殿」
頬をひとしきり撫でてからは、指を首筋へと這わせ。
下着から覗く鎖骨の線をなぞった。
「あっ……う…ぅん」
無骨な指が肌を伝うごとに、荀彧の口から息が抜け落ちる。
甘く切ない音色に変わっていく声が。荀攸の耳を、理性を揺るがしていく。
「っは…」
鎖骨を辿った指は更に下へと伝い、下着の合わせ目まで辿りついた。
何て背徳的なことをしているのかと。
頭が警告しているのに、荀攸の手は止まらない。
指をかけて、合わせ目をずらす。普段決して見ることのない体が、目の前に。

男性らしい張りも備えた胸。
しかし滑らかで日に焼けていないその肌は、途方もなく美しかった。
「っぁ…あっ」
胸の飾りに指を這わせると、一際高い声が上がった。
刺激を受けて硬さを持ち始めたそれを、更に指の腹で転がす。
「あっ…うぅ…っ」
眠りの中にいた荀彧が、迫る快楽に少しずつ呼び覚まされていく。
無意識に逃れようと身をよじる、その艶めかしさがいよいよ荀攸を煽った。
ふいに指先に力が入り、飾りを締め付ける。
「あ、ああっ…」
寝息ではない、はっきりとした嬌声が響いた。

「ん…あ……?」
荀彧の目が開く。
夢と現の境にいる視線が、荀攸の顔を見据える。
「こ、公達、殿…?」
「っ…」
「あ…すみません。貴方が来てくださったことにも気がつかず…あっ?」
目覚めた直後ではあるが、荀攸が訪ねてきてくれたのに、自分は寝てしまっていたことまでは把握したらしい。
慌てて起きようとした荀彧だったが、それを制したのは他ならぬ目の前の甥だった。
「っ、公達殿っ??どうしまし…た…?」
急に覆い被さってきた荀攸を、驚いた眼差しで見つめる。
長じてから、特に董卓の件があって以降は直のこと、顔から感情が読み取れにくくなったと感じていた。
だが、今の荀攸の目は驚くほど暗く淀んでいる。何かに追い詰められたような表情だった。

「っ…文若、殿」
恐らく、今の自分は酷い顔をしている。訝しがる荀彧の視線が何よりの証だ。
その視線すら、今の荀攸には目の毒だった。
この閉ざされた空間の中でただ一人、自分だけが。彼のしどけない姿を、無防備な表情を見ている。
荀攸の中で、理性が完全に砕ける音がした。

この美しい人を、俺だけのものにしたい。
俺だけが知る姿を、この目に焼きつけたい。

「…お許し下さい」
「えっ……あ、んっ!?」
この世で一番卑怯な謝罪を吐いて、荀攸が荀彧の唇を奪った。
突然のことで何も対応しきれなかった荀彧は、あっという間に舌の侵入を許す。
「んんっ…ふ……ぅっ…!」
咄嗟に逃れようとするも頭を掴まれ、あらゆる角度から責め立てられて。
舌が絡みつく感触に、互いの背筋が震える。
情熱的で息すら奪う口付けに、荀彧の頭がかき乱されていく。

「っふぁ……はっ…あ…」
やっと唇を解放され、荀彧は必死で息を取り込む。
荒い呼吸をする顔はうっすら上気し、目には涙が浮かんでいた。
「こ、公達殿…あっ!?」
荀攸の手は荀彧に戸惑う暇すら与えない。
下着の合わせ目を思い切り広げ、上半身を完全に露わにすると、小さな悲鳴が上がった。
「あ、ああ……そんなっ…」
そこで初めて、荀彧は自分が下着姿であったことに気付く。
強烈な眠気と疲労に襲われていたのは事実だ。かといって、平服にすら着替えないまま眠りに落ちてしまうなど、情けない。
そしてあろうことか、荀攸に下着姿で寝ていた自分を見られ。今、理由もわからず裸体を見下ろされている。
「み、見ないでくださいっ…このような、姿…」
羞恥で顔を真っ赤にしながら荀彧は訴える。
だが、荀攸の瞳は未だ暗い淀みの中にあり、静かに見下ろしていた。

「綺麗、です」

震える唇で紡がれる、心底からの賞賛。
傷一つない肌に、今度は舌を這わせた。
「やっ…あ!あんっ…」
ぬめった感触が、丹念に荀彧の胸を絡めとる。
柔らかな動きと生暖かさが、荀彧を小刻みに震わせた。
やがて、胸から離れた荀攸の唇は臍の窪みに触れる。そこをべろりと一息に舐め取った。
「ひゃあっ!」
思わぬ所を舐められ、荀彧は甲高い声を上げてしまう。
自分でもそのような声が出ると思ってなかったらしく、驚きで口許を押さえた。
そんな姿にさえ、恍惚を覚えてしまう。

舌が上半身をなぞる一方で、荀攸の手は下半身へと伸ばされた。
「あ、あぁんっ!」
荀彧の身体が跳ね上がる。
寝ていた時からじわじわと快楽を与えられていたためか、急所は強い刺激に対して既に敏感だった。
荀攸は下穿きの中に手を入れ、緩く勃ち始めていたそれを握り込む。
「はっ、や、ぁっ……公達、どのっ…!」
指で擦り付けられるたびに、先走りの蜜が漏れ、吐息混じりの嬌声が上がる。
その色香に、荀攸は間違いなく酔っていた。
ひたすら夢中で、彼の弱い部分を煽っていく。
「っく…」
「あぁっ、だめ…やっ!公達、どのっ、離してっ、手がっ……!」
押し寄せる快楽の波に、荀彧の声色が変わった。
その時が近いと直感して、一際強く刺激を与えてやる。
「やっ!あ、あぁあ、――――っ!!」
体が震えた次の瞬間、悲鳴と共に荀攸の手の中で精が解き放たれた。

「は、あっ…ん…あ……」
吐精の脱力感で、一気に荀彧の目が蕩ける。
余韻に体をひくつかせるその姿さえも、愛しい。
もっと。もっと彼を見たい。全てを、この手にしたい。

荀攸の手は迷いなく下穿きを取り払った。
「あ、やあっ!?だ、だめです、あ…」
未だ残る快楽で動けない荀彧は、抵抗もできずに生まれたままの姿にされる。
力なく投げ出された脚を荀攸は持ち上げ、秘された箇所に指を這わせた。
「やぁっ!!」
荀彧はたまらず声をあげた。
思ってもみなかったところを指が伝う感触。
そして、精に濡れた荀攸の指先が、思う以上に軽く中へと滑り込んだ。
「あ、ああっ!やめっ…そんな、汚っ……はぁっ…」
「…貴方は、綺麗です。誰よりも」
それだけ言って、尚も荀攸は指先で内部を探る。

「こ、公達どの…っ、あぅっ!?」
異物感に必死で耐えていた荀彧の声に、明らかなる甘さが加わった。
「っ…ここ、か」
探り当てた弱い部分を執拗に引っ掻く。
そのたびに、荀彧の体と声が跳ねる。
「やぁっ、あっ、こうたつど、の、あぁっ!」
「文若、殿」
「んんっう!ああ、だめ……いやぁっ」
一度精を吐いた芯が、再び熱を持っていくのが見えた。
快楽に再び追い詰められる感覚に怯え、荀彧は頭を振って懇願する。
「こうたつ、どの、おねがっ、やめ…わたし、またっ、あ、ぁんっ!」
「っ……俺も、限界です」
自らの下半身もまた熱を持ち、窮屈になっていることを悟った荀攸は、いったん指を引き抜く。
「ああっ……」
内部を圧迫する異物感から解放された安堵か、与えられる快楽が途切れたことへの切なさか。
どちらともつかぬ甘い喘ぎが、荀彧の口から吐き出される。

荀攸は自身の下穿きを寛げ、硬くなった己を荀彧へと押し当てた。
「力、抜いてください」
「えっ、や…あ、ああああっ!」
指以上に明確な質感を伴ったそれは、荀彧の内部を容赦なく抉った。
指である程度解されたとはいえ、行為に慣れていないその場所はきつく、侵入者たる荀攸を締め付ける。
「っく…」
しかし荀攸が、弱い部分を擦るように腰を動かし始めると、すぐに甘美な声が上がった。
「あ、うっ…んっ、あ、やあっ!おかしく、なるっ……」
内側から競り上がってくる快楽に、荀彧が溺れていく。
自分の手によって泣き叫ぶ、美しい叔父の姿。
それを前にして荀攸もまた、快楽の中で一心にもがいた。
「文若、どのっ…!」
「こうたつ、どのっ……やっ、あ、うあ…あああああんっ…!」
歓喜の欲が、荀彧の中に放たれる。
内に広がる熱に呼応するように、荀彧も再び吐精し、己の腹を濡らした。





「っは…文若、どの」
荀攸の顔に、うっすらと笑みが浮かぶ。
ぐったりとなった荀彧から自身を引き抜くと、受け止めきれなかった欲の痕跡が少し流れ出た。
「は、あ……あぅ……」
どんなに乱れた姿を晒しても、彼はどこまでも、何もかもが、綺麗だ。
荀攸のそんな感慨は、次の一言で終わりを告げた。

「こうたつ、どの…ごめんな、さいっ」
耳に届いたのは、絶え絶えの謝罪の言葉。
「手を、汚してしまって…このような、はしたない姿…見せてしまって…」
溢れ出る涙が、荀彧の頬を濡らした。

「っ!!」
荀攸の背中をざぁっと、罪悪感が駆け巡った。
熱に浮かされるまま、自分がたった今犯した過ちの意味と大きさに打ちのめされて。
「文若殿っ!」
思わず弾かれたように、荀攸は荀彧を抱き締めた。
その剣幕に驚き、荀彧は震える。
「ひぁっ。公達、どの…?」
「…最低です、俺は」
寝込みを襲い、望まぬ快楽を与え続け、挙げ句の果てに汚した。
あってはならない、馬鹿げた獣の行為。

この時初めて、自分が前から彼に浅ましい感情を抱いていたことを思い知った。
幼い頃から同族として近くで見てきて。日に日に清爽な美を纏って育っていく彼を誇りに思っていた。そのはずだった。
裏に、鬱屈した欲を溜め込んでいたとも気づかずに。

「文若殿っ…」
思わず謝罪の言葉が衝いて出そうになったが、寸でのところで腹の内に押し戻す。
無意味だ。散々に傷つけておいて。許しを乞うていい立場であるものか。
言葉を紡げない苦しさが、荀彧の体を抱く腕に力となって流れ落ちる。

「い、痛いです…」
「っ」
か細い声で訴えられ、荀攸は腕を解いた。
刹那、荀彧と目が合う。
「公達、殿…どうして…」
泣き張らしたその瞳は、所在なく戸惑い潤んでいた。
それはたった今流した涙のせいだけではなく。
情欲の沼に堕とされた残り香を伴っていることに、荀攸だけが気づく。

嗚呼。

やはり俺は、貴方が欲しいのだ。

どんなことをしてでも。俺だけが知る貴方を見たいのだ。

「文若殿を、愛しています」

許されざる愚行を働いた上で尚も、心囚われている。
背徳感も、罪悪感をも踏み越えた先に、彼が今自分だけを見つめているという狂喜が満ちた。




2018/04/11

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