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曇天日和

どんてんびより

情欲に溺れる

悪い夢を見ているのだと思った。
そう思いたかった。

暗い目をしたまま、何度も綺麗だと、うわ言のように呟いて。
自分の体を貪っていく彼が恐ろしかった。
そんな彼の手によって、恥態をさらけ出した自分にも。

同族で、男同士で。決して許されぬことをした。
彼の煮えたぎるような熱をこの身に受けて、女性のように咽び泣いて。
なんということをしてしまったのか。

こんなにも、疲れ果てて迎える朝などあったろうか。
愛していると告げられた後も、執拗に犯されて。
気づけば、こうして窓から差す光に新しい日の訪れを告げられている。
「っ……」
既に、姿はここにない。しかし残り火は、そこかしこにあった。

いつの間にか着ていた、寝着。
寝台脇に、丁寧に畳まれて置かれた従軍装束と下着。
昨日に限っては、自らで作った覚えがない光景。

こんなにも、見慣れた世界なのに。こんなにも、よくある早朝なのに。
何もかもが、今までと違っている。





あれから、なるべく荀攸とは目を合わせないようにした。
董卓の件以来、更に感情に乏しくなったことは確かだ。だがあの日までは、間違いなく普通に接していた。
どこか読めない表情にも、暗い目の奥にも、恐ろしさなど感じたことなどない、のに。

「文若殿、お待ちを」
「っ……」
午前の軍義が終わり、素早くその場を去ろうとしたのを止められた。
「竹簡をひとつ、お忘れです」
「は、はい……申し訳ありませんでした」
「……文若殿」
抑揚のない声。幾度となく聞いてきた声。
それなのに、心を掻き乱される。
「すみませんっ、私、殿に呼ばれていますので……!」
そう言い繕うのが精一杯だった。
荀彧は頭を下げ、足早に荀攸から離れた。
後ろで、また暗い目に見据えられてるということを感じながら。



「っあ……」
廊下を走って、曲がり角まで来たところで、違和感を覚えた。
むず痒く、ひりついた感覚が、胸元でざわめく。
「え……っ」
荀彧は己の体の変化に、身を固くした。
まさか、そのようなこと。
「っ……」 周囲を見回し、誰もいないことを確認する。
そのまま、近くにあった使われていない休憩室に滑り込んだ。

上着を脱ぐと、感じた違和の正体をまざまざと思い知らされる。
装束の下に着る故に動きやすいものを、と体に合わせて誂えた下着。
その胸元が、ぷくりと勃ち上がってしまっていた。
「そん、な……」
たかだかあの程度走っただけで、下着と擦れ合って、それを刺激として受け取るなど。
自分の体が鋭敏になっていることに、目眩がした。
徐州攻めから防衛まで何度も前線の直中を駆け、また日頃の政務でも常に身につけている装束だ。
今まで、このようなことはなかったのに。
「っ、あ……」
合わせ目をずらされ、露にされて。
胸元に吸いつかれた記憶が、鮮やかに蘇った。
「あ……っ」
彼の唇に包まれる感触が。立てられた歯の刺激が。
今ここにあるはずのない、しかし確かに刻まれた感覚が、荀彧の体を苛む。
「うっ……」
ふらつく体を、壁へと凭れかからせた。
しばらく、ここで火照りをやり過ごさねば。

「文若殿」
その声に、ぞわりと背筋か逆立つ。
弾かれたように顔を上げると、閉めたはずの入り口に声の主がいた。
「公達、どのっ」
「……どうかなさいましたか」
後ろ手に鍵をかけ、静かに迫ってくるその人。
咄嗟に鍵を閉めなかった自分の失態に気づき、荀彧は後悔した。
後ずさったところで、距離は確実に縮んでいく。
「誰かに見られたらどうするつもりです」
荀攸の視線は、下着姿となった荀彧の上半身に注がれている。
ゆったりとした上着の下に隠された、張りのある胸。そのことを主張するように、膨れ上がった飾り。
下着に覆われたそこが艶かしい色香に満ちていることを、荀攸は知っている。
「俺の前だけにしてください、そのような、無防備な姿」
「こ、公達殿っ……!」
目の前に迫られたと思ったが最後、荀彧は手首を捕まれて強引に引っ張られた。
寝台に押し倒され、有無を言わさず下着の合わせ目をずらされる。
「あ、やっ……!」
露になった胸の飾りが、彼の唇に咥え込まれる。もう片方は、指で擂り潰された。
記憶などではない。本物の感覚。
「公達、どのっ……いけま、せん……あっ……」
「…………」
荀攸からの返事はなかった。
ただ静かに、且つ執拗に、荀彧の胸を弄び続けた 。
「あ、ああっ、これ以上は……」
そのうち下半身が窮屈になり、衣服に擦れるようになる。
もどかしい快感が、下からも荀彧に迫る。
それを見て、荀攸は即座に帯を解き、下半身の装束と下履きを引き下げた。
「そんな、いやっ……ああっ!」
抗議の声もむなしく、芯を持ったそれを晒されてしまう。
恥ずかしい姿にされた戸惑いの暇も与えられず、急所を包み込まれた。
「はぅっ……あ、ああっ……ああ」
手袋の革で擦り上げられる感触が、じわりじわりと荀彧を締め上げていく。
「ああっ……離し、て……公達どの、もう……!」
頭の中に霞がかかったような心地だ。限界が近づいている。
その時を悟った荀攸は、自分の胸から小さな布を取り出し、荀彧のそれを包み込んだ。
「大丈夫です、出してください」
「あっ、あ、あぁんっ……!!」
布の上から一層強く握り込まれた瞬間、荀彧は果てた。
寝台の上で、快楽に呑まれた体が小刻みに震える。吐き出された精は、布の中に全て染み込んだ。

「っは……はぁ……」
否応なしに目が蕩け、頬が紅を差したように染まり上がる。
荀攸は、そのまま布で急所を一息に拭い去った。
素早く下履きと装束を引き上げてやり、床に落ちていた上着も拾い上げて着せてやる。
何事もなかったかのように、こちらの乱れた姿を整えていく。その恐ろしいまでの手際のよさを、荀彧は肩で息をしながら呆然と見ていた。
「……待っていてください」
感情のない一言を放ったかと思うと、荀攸は休憩室を出ていった。

そして、間を置かず戻ってきた。
違ったのはその後ろに、よく知る姿があったこと。
「おお、荀彧様じゃねえか!」
「て、典韋殿っ……」
曹操の親衛隊として名を馳せる猛将を前に、荀彧は慄然とした。
今の今までふしだらな行為が行われていた場所に、まったくもって不釣り合いな存在。
「今そこで荀攸が声かけてきたから何事かと思ったぜ。うわ、確かに辛そうじゃねぇですか」
典韋は近寄って、荀彧の顔を覗き込んできた。
「っ……!」
思わず荀彧は、視線を逸らした。
まだ快感が抜けきっていない今、どんなはしたない顔をしているのだろうかと、気が気でなかった。
だが、赤く汗ばんだ顔を見たところで、典韋はただの風邪としか思わなかった。
「……で、荀彧様を自宅に運べばいいんだな?」
「ええ。俺の身では難しい故」
「よっしゃ任せな。荀彧様、ちょっと失礼しますぜ」
「えっ、あ、お待ち下さい、典韋殿っ……!」
あっと思う間もなく、荀彧の体は典韋に軽々と背負われた。
男性としては長身の荀彧ではあるが、典韋にとっては重石にもならない。
「たまたま、昼飯食いに行くところだったんでさぁ。ついでですから送っていきやす」
「そんな、大丈夫ですっ……ご迷惑をっ」
荀彧は悲痛な声をあげる。
淫らな行為をして腰が砕けた上、何も事情を知らぬ人から親切を受け取るなど、良心が許せなかった。
しかし、それを過ぎた遠慮と受け取った典韋は笑って受け流した。
「いいんですって、気になさらねぇでくだせぇ!じゃあな荀攸、頼まれたぜ」
「よろしくお願いします」
眉一つ動かさず、荀攸は礼を述べた。その慇懃さに、荀彧の背中に冷たいものが走る。
今、自分が見下ろしているのは、本当に荀公達なのか。
「ではまた」
「っ……」
踵を返して去り行く背中に、荀彧は何も言葉を言えなかった。





「へへっ。しかし荀攸も、ああ見えて優しいところあるじゃねえか」
道すがら、典韋はよく話しかけてきた。
曹操を守って呂布とも打ち合ったという豪傑だが、喋り始めると存外穏やかで楽しい。
「普段あんなに冷てぇし、なんも喋んねえで変な奴って思ってたもんで。やっぱ同族意識ってんですか?甥っ子の荀彧様のことは大事なんですねぇ」
「あ……すみません。実は、公達殿の方が甥なんです」
「ええ!?こりゃまたてっきり、失礼しやした。荀彧様が叔父さんなんですかい?」
「はい……私の方が年下ではありますが。幼い頃はよく、公達殿に面倒を見ていただきました」
「へえ、あの荀攸が。餓鬼の頃の荀攸って、どんな奴だったんです?」
「投獄の経験からあのように振る舞っていますけど、昔はその、もう少し…」



物心ついたとき、自分の周囲は大人ばかりであった。年の離れた兄たちにも、特別に構われた記憶はなく。
その中で、時折顔を覗かせては何かと気にかけてくれたのが、同族の荀攸だった。
彼の宅に出向いては、書物や竹簡の山を漁り、そのまま読み耽った末に寝てしまったり。
迷惑も、何度もかけたと思う。それでも、彼はいつも優しかった。

『攸兄様、今度はあれを読みたいです』
『もうそちらは読まれてしまったのですか?彧殿は本当に凄いな』
『はい』
『ですが、これはかなり長編ですよ。今からですと、彧殿であっても夜になってしまうかと』
『でも今日は、どうしてもこれも読みたかったのです』
『ならば、お貸ししましょう。家まで送りますから、ご自身の家でお読みになっては?』
『ですが、攸兄様の叔父上の大切な書物ですよ。勝手に持ち帰ったら、攸兄様が叱られるのでは……』
『俺のことなど気にしないでください。あまり遅くなると、ご両親が心配されますよ』
『でも私……ここで攸兄様と一緒に読みたいのです』
『……仕方ありませんね。では明日、ご両親にちゃんと叱られて下さい』

感情の起伏が激しくないのは、元々の気質。
獄に繋がれた経験は、そのことに拍車をかけたとは思う。それでも。
困った顔をしながら、自分の我儘を叶えてくれて。難しい内容は、周囲の大人よりも明快な説明で教えてくれて。
実の兄以上に兄と慕い、共に幼き日々を過ごした彼の姿は、今も記憶の中に煌めく。



「……荀彧様?」
「っ、あ、すみません」
「おっといけねぇ、病人にあんまり話しかけるもんじゃなかったな。すいやせん」
「も、申し訳ありません、上の空になるなど……」
「いいんですって。荀彧様に倒れられたら、殿も皆も困りまさぁ。お体、大事にしてくださいよ」
「っ……」
屈託なく笑う典韋の言葉に、荀彧の胸が締め付けられる。
今、自分にやましい思いが何もなければ、何の憂いもなく典韋との会話も弾んでいただろう。
純粋に自分を案じてくれることが、申し訳なくてならなかった。





自宅に戻ると、使用人が血相を変えて飛び出してきた。
陽の高いうちの早過ぎる帰宅、それも猛将に連れられて帰ってくるなど一大事だ。
「一体、どうなさいましたか!?」
「大丈夫です……典韋殿、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「礼なんかいらねぇですって!では、わしはこれで」
典韋は笑って一礼すると、許昌城下の方へと戻っていった。
「……湯浴みをしたいのです。用意していただいてもよろしいですか?」
「は、はあ。かまいませんが……よろしいのですか?」
「はい……お願い、します」
戸惑う使用人とは目を合わせず、荀彧はすぐに奥の自室へと引き籠った。





「……っは」
湯船の中でひたすら、体を伸ばした。
湯の温かさが全身に沁み、固まった体を解していく。
「……っ」
どうしても、信じられない。あの荀攸が、自分を求めてくることが。
それ以上に、抗えないでいる自分が。

あの日、疲労の極致に達して眠ってしまったところに、彼が現れて。何も分からぬうちに乱され、犯された。
あのような行為に及んだ彼にも衝撃が大きかったし、何よりも。
彼の手で果ててしまった淫らな自分が、情けなくて恥ずかしくて、悲しかった。
自分とて、時には得物を持って前線に赴くこともある。抵抗しようと思えばできる筈なのに。
目の前にいるのが、彼だと思うだけで。その手に触れられてしまうだけで、体が動けなくなる。
どうしようもない快楽が、この身を支配する。
「っ!!」
考えたくなかった。
彼に触れられることに、悦びを感じるなど。同族の彼と、男同士での行為に身を委ねるなど。
愚かしくて、赦されない。







湯浴みを終えて自室に戻ると、すぐに寝台に身を投げ出した。
決して体調を崩しているわけではないし、身綺麗になった筈なのに、酷く疲れた心地がする。
「あ……」
窓の奥に、許昌の城が見える。

彼は、今頃どうしているのだろう。
いつものように、午後の軍義に参加しているのだろうか。いつものように、郭嘉や満寵と議論を交わしているのだろうか。
その、いつもの光景に。自分は今、いない。
つい数日前まで、当たり前のように享受していたいつもの光景が、遠い。

自分は、本当に戻れるのだろうか。
彼との関係が徐々に壊れている今、あの当たり前だった空間の中に。
「公達殿……」
私は、どうすればいい。
どうすれば、また貴方と共に、いつもの日々を過ごせましょう。

「お呼びですか」

「っ!?」
荀彧は己を疑う。
いるはずのない声を聞き。いるはずのない人の姿を、部屋の入り口に見ている。
「な……っ」
悪い夢だと思った。直前まで、彼のことを思い、悩み苦しんでいたから。
これは、幻想だ。幻想なのだ。
「お加減を伺いに」
そんな甘い考えこそが幻想なのだと、目の前までやってきた姿に思い知らされる。
男一人分の重みが、体にのしかかった。
「午後は暇をいただきました」
荀攸は平服だった。彼らしい、落ち着いた深い色合いの。
「郭嘉殿も満寵殿も、文若殿を心配していましたよ。ここのところ目に見えて働き過ぎだから、しっかり休むようにと。言伝てです」
「公達、殿……!」
何も感情も読み取れない声と共に、伸ばされた手が頬を撫でてくる。
星の見えない夜よりも暗い瞳が、震える自分を見下ろす。
「いけません、公達殿っ!」
悲鳴に近い声で拒絶の意を示した。
あんなにも近しく思っていた彼が。こんなにも今近くにいる彼のことが、わからない。
だが、今から彼が何をしようとしているか、それだけははっきりと感じ取れた。
「お願いです、いやだ……私、これ以上はっ……誰かっ」
他の部屋にいる筈の使用人を呼ぼうとする。
しかし、荀攸の口から、耳を疑う言葉が伝えられた。
「彼には下がってもらいました。今宵は俺が文若殿の傍につくからと」
「っな……!」
目を見開いた荀彧を見据えつつ、更に言葉が続く。
「今、ここには俺と貴方しかいません」
そう言い切ったのを合図に、荀攸の手は強い意志を持って荀彧に襲いかかった。
「っあ、んんーっ!」
顎を掴まれ、無理矢理口を塞がれる。
熱を持った舌が歯列をなぞり、中へと入ってきた。舌が自分の舌に絡みついてくるたび、震えが走る。
息も許されぬ激しい口づけに、荀彧の頭は朦朧とした。
「っ、ふ、ううっ、んぅ……っは、はぁっ……!」
ようやく離れた唇から、細い銀の糸が伝う。
必死に息を取り込もうと顔を上気させる荀彧とは対照的に、荀攸の顔は白く無表情だった。

「あ、ああっ……公達、どの……いけま、せん……っ」
「無理です」
たったそれだけの一言が、荀彧を絶望に叩き落とす。
「後戻りできるなら、とっくにしています」
あの日、箍が外れた瞬間から、荀攸にはわかっていたことだ。
許しを乞う立場ではない。それができるなら、初めからこんな罪深いことなどしない。ならばもう、あとは堕ちるのみ。
この美しい叔父を、美しいまま、俺だけのものにする。
欲深く、独り善がりの覚悟が、荀彧に向けられた。



「ああっ、く、いやっ……」
寝着を引き剥がされ、露になった胸を手が這いずる。
片側を手のひら全体で揉みしだかれ、それを振り払おうとすればもう片方を強く吸いつかれ。
間断なく与えられる刺激に、抵抗する力が奪い取られていく。
「ああっ、あ、公達、どのっ……いやぁ……!」
嫌でたまらない筈なのに。望んでいない筈なのに。体は確実に、膨らむ快楽に喘いでいく。
「こちらは素直ですね」
「やああっ!」
荀攸が、緩く芯を持った中心に触れる。
瞬間的に駆け巡る快楽に、背中が反り返った。
「いや、ぁっ……だめ、ですっ……!」
口先だけの抵抗しかできない自分を恥じる。
己の中の、浅ましく醜い部分を引きずり出される苦しみ。
それにも関わらず、留まることなく育っていく悦び。
「ああっ!や、だ、やめ、離して、離しっ、あ……ああーーーーっ!!」
驚くほどに、荀彧は呆気なく果てた。
吐き散らされた精が、荀攸の手を濡らす。
「……綺麗、ですね」
荀攸の顔に、初めて感情が浮かぶ。
乱れもがく姿を自分だけが見ているという悦びが、口元に薄く笑みを作る。
「もう、いやぁ……」
潤んだ荀彧の瞳から、涙が零れ落ちていく。
しかし、それは最早悲しみ故にではなく、与えられる快楽からくるものだった。
「……っ」
荀攸は黙って、濡れた指を荀彧の秘部に押し当てた。
「いやぁああっ、あ……!だ、めっ」
「随分、柔らかいですね」
「っ、はぁ……!」
この間よりも明らかにそこは柔く、荀攸の指を易々と受け入れた。
少し指を曲げて弱点を引っ掻くたび、荀彧の体が跳ね上がる。
「いやぁっ、あ、はあっ、ああっ!やっ、あぁっ……!」
必死に頭を振って、逃れようとする。
しかし快楽は容赦なく、そして完全に荀彧を絡め取って。
「あ、ああっ、あーーーっ!」
再び絶頂を迎えて、吐精する。
僅かな時の中で容易く達してしまえるほどに、荀彧の体は敏感になっていた。
そんな姿を見て、荀攸はぽつりと呟く。
「そんなに、俺とするのは気持ちいいですか」
「っ……!?」
「……嬉しいですよ、文若殿。何も使ってないのに」
「っ、あ、あ……あああああっ!」
絶叫した。
どうにかして背こうとしていた残酷な現実が、荀彧を打ち砕いた。

私は、溺れているのだ。
他ならぬ、公達殿との行為だからこそ。
同族で、男同士で。その背徳を超えた先を、自分もまた求めてしまっている。

「あ、ああ……いやぁっ、そんな、私、わたしっ……ああ……!」
完全に暴かれてしまった己の姿に、荀彧は咽び泣く。
痛ましさすら伴う彼の嘆きに、荀攸の中に未だ残る罪悪感が燻った。
しかしそれ以上に、歓喜の声がこだまする。
この清爽で美しい男が。今まさに道理を踏み抜きながら、堕ちようとしている。自分の、この手で。

「……俺は生涯、この罪を背負います」
荀攸はあくまでも静かに。しかし猛った己を押し当てる。
「っは、あっ!いや……」
本能的に逃げる腰を掴み取り、一気に貫いた。
「あ、あぁああ……っ!」
「っ……」
奥まで抉り通し、すぐさま腰を打ちつける。
突き動かされるたびに、更なる強い快感が荀彧に襲いかかっていく。
「あっ、あ、ああ……こう、たつ、どの……ああっ!」
荀彧は、救いを求めるように荀攸の体にしがみついた。
荀攸もまた、彼を一際強く抱きしめる。
「やぁああ!あああっ、ああーーーーっ!」
理性の焼き切れる音がした。
互いを支配する情欲が、二人の何もかもを塗り潰した。



「綺麗、です」
「あ、あぁ……」
「愛しています、文若殿」
「っ……こう、たつ……どの…………」

嗚呼。もう、二度と戻れないのだと。
真っ暗になっていく頭の中で、それだけは理解できた。




2018/05/11

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