menu

曇天日和

どんてんびより

沐浴の朝に

日が差し込むよりも早く、荀彧は目が覚めた。
なんとなく、背筋がじっとりとしている。寝着が肌に張り付く感覚。寝汗をかなりかいたようだ。
折角の爽やかな朝だというに、全くすっきりとした気分ではない。
「…はあ」
ひとつため息をついて、寝台から起き上がった。

春も終わり、季節は初夏を迎えようとしている。
それにしても、今年は蒸すのが早い。夏の盛りが思いやられる程に。
暑さ寒さに耐えられぬほど体が弱いわけではないが、急な季節の変わり目は、やはり体が重くなるものだ。

久しぶりに三日ほど暇を貰った荀彧は、隠れ処で貴重な休みを謳歌していた。
許昌南にある淮河の土手沿い。昼夜共に景色もよく、やや遠くから滝の音のみが聞こえる。
害獣なども現れないため、静かに休む環境としてはとても良好だった。
たまには街の喧騒も、日頃の政務からも離れて、一人静かに水音を聞いて過ごすのも悪くない。

それにしても、昨晩の蒸し暑さは堪えた。
あまり深くも眠れなかったらしく、どことなく頭が熱に浮かされたような思いだ。
「仕方ありませんね…」
幸いにして、隠れ処の目の前には、淮河が穏やかな流れを湛えている。
冷水に身を浸せば、頭も冴えるだろう。
枕元に置いてあった平服と、白いさらし布を持って荀彧は外に出た。



頭上の空にはまだ、星が少しだけ見えている。
朝日もまだ顔を出していないが、曙色に染まりつつある薄紫の空。
夜が終わり、新しい日の訪れを感じられる、この僅かな時の空気感は好きだ。
「おはようございます」
隠れ処の近くの大木に繋ぎ止めた、愛馬の粕毛に声をかける。
粕毛も主人の姿を見ると、耳をぱたぱたと動かした。
「昨日は暑かったですね…喉が渇いたでしょう」
鼻先を優しく撫でてやると、甘えるようにすり寄ってきた。
手綱を外して川べりまで連れていくと、待ってましたとばかりに川の水を飲み始めた。
「…こう暑くては、かないませんよね。私も涼んできますので、ここで待っていてください」
粕毛の鞍にたたんだ平服とさらし布を置き、荀彧は寝着のまま川の中へと入る。
洗う手間を考えれば、汗を吸った寝着ごと体を清めてしまいたかった。

暑いとはいっても一応、季節は新緑。水はまだまだ冷たく感じる。
しかし、汗に蒸れた体には丁度心地が良かった。
川の水を手で掬って、顔にかける。
冷たい水が、うすぼんやりとした頭の奥にはことのほか効いた。
「はあ・・・」
気持ちよさに浸りながら、空を仰いだ。
星は既に見えなくなり、青さが増しつつある。東の空から、日差しが見えてきた。
それを見届け、荀彧は川から上がろうと振り返った。

「朝から水浴びとは気持ちよさそうだね」
「なっ…!?」
そこに、まったく想定もしていなかった人物がいることにひたすら驚く。
「か、郭嘉殿…!」
「やあ、荀彧殿」
身軽な平服に身を包んだ郭嘉が、にこやかに川べりに立っていた。
女性であれば一瞬で蕩けてしまいそうな、眩しい笑顔が向けられる。
「ど、どうしてこのようなところまで」
「私も暇を頂戴しているからね。たまには星空見物もいいものだと思って、夜通し遠乗りしていたのだけれど…」
郭嘉が向こうの川べりに視線をやる。
荀彧もつられてそちらを見ると、粕毛が郭嘉の愛馬の栗毛と、仲良く水を飲んでいる姿が見えた。
「滝の音がする方に馬を走らせたら、見たことのある粕毛がいるだろう?おやおや、こんなところで荀彧殿にお会いできるとは偶然、と思ったら…」
含み笑いを浮かべながら、郭嘉は目の前の荀彧を見つめた。
「荀令君ともあろう方が、そんな姿で出迎えてくれるなんて」
少しばかり意地悪い声色に、荀彧の頬が赤く染まった。
まさかこの時間帯に、こんな場所まで人が来るなど想像もしていなかった。
まして、見知ったどころではなく付き合いの深い彼に、寝着ごと濡れた姿を見せることになるなど。
「も、申し訳ありません。見苦しいところをお見せしました」
「いいや。むしろ、得をしたよ」
「っな…からかわないでください」
荀彧の顔が、ますます羞恥で赤くなる。これ以上、彼の前でこんなみっともない姿でいられない。
咄嗟に踵を返し、粕毛の鞍に置いてある平服とさらし布を取りに行こうとした。
だがその刹那、伸ばされた手にぐいっと腕を掴まれる。
「っか、郭嘉殿…?」
「ちょっと待った」
微笑みの中にも、鋭さを伴った郭嘉の視線が荀彧を射抜く。
とても見覚えのある眼光に、荀彧は反射的に距離を取ろうとした。
だがそれに先んじて、郭嘉は腰に手を回して、ぐっと体を引き寄せる。
「か、郭嘉殿。濡れてしまいます…」
荀彧は慌てて引き剥がそうとするが、郭嘉はおかまいなしに抱きしめてきた。
「荀彧殿。今ここにいるのがもし私じゃなくて、見知らぬ男や敵だったらどうするつもりだった?」
耳元で、郭嘉の柔らかな声が響く。
だが、話す言葉は決して甘い囁きなどではなく、ある程度真剣さを伴っていた。
「っあ…」
思わず、荀彧も返事に詰まった。
確かにもし郭嘉ではなく、別の誰かだったら。まして、袁術あたりの伏兵がこの近辺まで来ていたとしたら。
しかも無防備なことに鏢すら手にしていない。隠れ処に置きっ放しだ。
自分が犯した失態をようやく自覚し、顔がざっと青くなる。
「すみま、せん…蒸し暑さで、頭が働いていなかったようです…」
いたたまれなくなって、荀彧は縮こまりながら謝罪した。
そんな様子を見て、郭嘉は小さく笑う。
「うん。これからは気を付けて。そうでないと…」
腰に回っている手が、荀彧の臀部を撫で上げた。
「ひゃっ……んっ!」
濡れて布が張り付いているせいで、より生々しく伝わる手の感触に声が跳ねた。
その隙を衝かれて、口を塞がれてしまう。
「んっ……ふ…ううっ…!」
歯列を割って侵入してきた舌に、あっさりと絡め取られて。
優しく、だが強引な口付けは、荀彧の心身をたちどころに惑わしていく。
「っは…あ…」
解放された時には、荀彧の目は既に潤んでいた。
「か、郭嘉殿…っ!」
抗議の声を上げようとしたが、目の前に迫った顔に息が詰まる。

「どんな目に遭わされても、知らないよ?」

凛々しく端整な、しかし雄の圧を伴う微笑みと視線。
荀彧が一番、苦手とする郭嘉の目だ。
この目に見つめられるだけで、何も言い出せなくなってしまう。
「あ…」
「ふふ…お仕置き、してしまおうかな」
郭嘉はにやりと笑い、荀彧の濡れた寝着に手をかけた。
肩と胸を肌蹴させ、張りのある胸へと顔をうずめる。
「ひゃ…あ、いけません…郭嘉殿っ…!」
胸の尖りを、郭嘉の薄く形の良い唇が包み込んだ。
舌で転がされ、歯を立てられるたびに、甘い刺激が荀彧の背中を走る。
逃れようとしても、腰に回した右手は思いの外力が強かった。
「いや、です…こんな、外で……あぁっ、ん…!」
「そう?さっきまで、そんなあられもない姿で沐浴を楽しんでいた人の言葉とは思えないけど」
「っそ、それとこれとは、っ」
「だって…襲ってくれって、言っているようなものだよ?」
悪戯っぽく微笑み、郭嘉の左手が荀彧の股をなぞった。
「ひぁあっ、あ…!」
たったそれだけのことで、足が震える。
体に刻まれた日々の睦み合いの記憶が、荀彧から力を奪っていく。
「だ、め…やめ、て……あ…!」
上からも下からも、刺激を与えられて。
いよいよ立っていられなくなった荀彧は、その場に座り込んでしまった。
郭嘉も一緒に座り込む。互いに腰まで、川の水に浸かる格好となった。
「郭嘉、どの…これ以上はっ、服が……ひぁあ!?」
なんとか郭嘉から離れようとするが、水の中でとうとう中心を握り込まれてしまった。
今まで以上に強い感覚に、体を震わせる。
「こんなに濡れたら今更だよ…それに、今日の日差しがあればすぐ乾くだろうし」
郭嘉はそう言いながら、荀彧の弱い部分を責め立てた。
優しく撫でたかと思えば、性急な手つきで擦り上げてくる。
絡みつく長い指に翻弄され、荀彧は振り払えない快感に喘いだ。

「あっ、あ、やめ、郭嘉、どのっ……あ、あぁっ!いや、だめぇっ…!」
初めて抱かれてから、どれくらい経つだろう。
若く美しい彼の愛は、荀彧の体と心を時に優しく包み、時に激しく焦がした。
抗おうと思えば思うほどに、彼の有無を言わさぬ勢いに押され。
愛される悦びを覚えた体、満ち足りる喜びを覚えた心が、理性に反して彼を求めてしまう。
「あ、ああっ、あー…っ、あ、ひぁあああっ!!」
ろくな抵抗もできないまま、荀彧は郭嘉の手の中で果てた。
冷たい水の中で、生暖かい精の感覚が郭嘉を伝う。
脱力感に襲われた荀彧は、そのまま郭嘉の胸へと倒れ込むような形になった。
「っは…あ…あっ…」
肩で息をする荀彧の頬を、郭嘉は満足げな笑みを浮かべながら撫で上げる。
「荀彧殿、いやらしい」
「っだ、だれの、せいです…っ」
必死で荀彧は睨むが、快楽に潤ませた瞳では、余計に扇情的になるだけだった。
当初は冗談のつもりで言っていたが、これはと内心郭嘉は眉を潜める。
こんなにも麗しく、そして濡れそぼった彼を見て、逆上せ上がらぬ男がいるだろうか。
通りかかったのが自分でよかったと、今ようやく本気で思う。
「荀彧殿…貴方はもう少し、自身の魅力に頓着すべきだよ」
郭嘉は、川原の砂利に荀彧を押し倒した。
逃げ出さぬようのし掛かり、間髪入れず右手指を秘部へと差し入れる。
「っひぁ、あぁっ!」
既に一度達した上、水にふやけているそこは、急な指の侵入も容易く受け入れた。
勝手知ったるとばかりに責めてくる郭嘉の指に、抑えきれぬ嬌声が上がる。
「あっ、いやぁあっ、やめ、あっ、ん!あっ、あああ!」
的確に弱い部分を擦られるたび、荀彧の理性が剥がれ落ちていく。
清廉潔白で知られた美貌の軍師が、自分の前では悩ましく乱れ、快楽にもがいている。
その様はどこか背徳的であり、途方もなく美しく、そして郭嘉の欲を強く刺激した。
「ああ、荀彧殿…もっと見せて……私だけに」
郭嘉の表情も、既に余裕ある微笑みから、恍惚の中を漂うものとなっていた。
荀彧の内を犯していた指を引き抜き、芯を持った己を宛がう。
「っは、あっ、あああ…!」
指の圧迫がなくなったと思う間もなく、荀彧の中に郭嘉自身が押し入ってきた。
瞬間的に襲ってくる圧力に悲鳴をあげるが、一度繋がってしまえば、後は共に高みへと登り詰めるのみで。
「荀彧殿…っ」
「っは、あ、ああっ…!あ、かく、か、どの…!ひぁ、あ、ぅ…っ!」
腰を打ち付けられるたびに、荀彧もまた自然と腰を振っていた。
「ああっ、だめ、あっ!あうっ、いやぁ…あっ、んっっ」
次第に、その時が迫ってくる。
背中に伝う水の冷たさを忘れるほどに、熱く激しい奔流が、荀彧を呑み込まんとする。
「あ、あ、あ……あぁあああーーーっ!!」
一際高く鳴いて、荀彧が先に蜜を散らした。
郭嘉もまた、絶頂と共に己を締め付け、離すまいとする荀彧の体に酔いしれる。
「あっ、く…!」
求められている悦びに打ち震えながら、郭嘉は荀彧の中で吐精した。





「…なんて、こと。してくれたのです」
ようやく息が整ったところで、荀彧が恨めしげな声をあげる。
しかし、同じく横で水浸しになりながら寝そべる郭嘉は、どこ吹く風といったところだ。
「だって、お仕置きって言っただろう?」
「っ…もう、二度と気安く沐浴などしません」
「そうだね…あ、私の前ではいくらでもしていいけどね?」
しれっと言い放ちながら、郭嘉は荀彧の腰を撫でる。
「っ…」
荀彧の体が否応なしに震えた。
未だ内に燻る快楽で鋭敏になった体は、わずかな刺激でも反応してしまう。

東の空から登ってきた日が、川べりの二人を明るく照らした。
今日は雲ひとつない、快晴のようだ。
「さぁて、そろそろ上がらないと。風邪を引かせてしまうね」
郭嘉は立ち上がって、馬たちが待っている方へと行った。
やがてその手に、粕毛の鞍から降ろしてきた荀彧の平服と、水気を拭くためのさらし布を持って戻ってくる。
まだ力の入らない荀彧を抱き起こし、素早くさらし布でその体をくるんだ。
「申し訳ありません、郭嘉殿…」
「いえいえ。それに」
「えっ、あ…?」
あっと思う間もなく、横抱きにされて水面から引き上げられた。
驚くと同時に嫌な予感がした荀彧は、郭嘉の顔を伺う。

「お楽しみはまだまだこれからだよ?荀彧殿」

誰もを魅了させる、だが荀彧にとっては恐怖すら覚える、拒否権のない笑顔。
「っな、なっ…!」
「もとはといえば折角暇が被ったのに、勝手にひとりで何処かへ行ってしまった荀彧殿が悪いんだよ。おまけにこんな悩ましい姿まで晒して…もっと、お仕置きしないと」
我儘にも程がある言い種で口を尖らせる郭嘉に、荀彧は慌てて反論した。
「そ、そんな!たまにはひとりで休日を過ごしたって構わないじゃないですかっ…」
そもそもここの隠れ処を買ったのも、誰にも煩わされることのない環境がひとつ欲しかったからだ。
情を交わす仲となって以来、隙あらばちょっかいを出してくる上、自宅への夜這いも辞さない彼に、何度精魂尽き果てさせられたか。
求められることは嬉しくとも、毎回足腰が立たなくなるまでにされてはたまらない。
そこから一時でも逃れるべく、安くはない金をはたいて手に入れた場所なのに。
結局同じことが起きようとしている状況に陥っていると気付き、荀彧から血の気が引いた。
「か、郭嘉殿、勘弁してください…」
「嫌です。今日は一日、私と楽しみましょう」
せめてものお願いもむなしく、全力で却下される。
郭嘉は、自分よりも背の高い荀彧を抱いているとは思えぬ軽やかな足取りで、隠れ処へと向かった。
「い、いやですっ…郭嘉殿…!」



言葉通りに一日抱かれ続けた荀彧は、疲労困憊のまま休日を消費する羽目になったという。




2018/05/19

top