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曇天日和

どんてんびより

隷属の華【四】

「だあぁああああくっそぉ!!」
何顒は力任せに卓を叩いた。バァンという激しい音と共に、卓上の酒が揺れる。
「何顒、落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられますかぃ!?あぁもう、俺あの人には本っ当に期待してたんですがねぇ!」
荀爽が必死で宥めるも、何顒の怒りと失望は収まらなかった。

洛陽の外れの一角に、荀爽の邸宅がある。
何顒、荀攸、王允は度々訪れては、酒盛りや討論をする仲だった。
今は専ら、傾くばかりの国、そして董卓の扱いをどうするかといった話題に終始しているが。

曹操が董卓の暗殺を企て、失敗した上逃亡したという事実は、夕方には洛陽中に広がっていた。
いつか董卓を追い落とす算段が整った時、真っ先に協力を求めたい人物と何顒が見定めていたのが、他ならぬ曹操である。
その曹操が洛陽からいなくなったのは、何顒にとって大きな痛手だった。
「はぁ…あの方こそ、英雄の器だと思ったんだがなぁ。こんな時期尚早に単独で仕掛けるなんて、俺の見込み違いか?」
「いや、曹操殿のことだ。ある程度の見込みはあったのだろう。だが今の董卓殿の側には呂布がいるからな」
荀爽はため息をつきながら首を振った。
最近董卓の傍には、義理の息子となった呂布がついている。その猛将ぶりは誰もが知るところだ。
その迫力たるや、荀爽も毎回会うたびに気圧されている。
「あー畜生…あの豚、軍事と保身に関しちゃ万全だからなぁ」
悔しさに、何顒は頭をガリガリと掻いた。
董卓は愚かではないのだ。愚かではないからこそ、性質が悪い。

「しかしまずいことになりました。曹操殿が動いたことで、董卓もより警戒を強める筈。他の諸侯に対しても厳しい態度に臨む可能性があります」
荀攸は、何度目になるかわからない酒を煽りながら冷静に言った。
酒の強さはこの十年で更に磨きがかかり、滅多なことでは酔わなくなっている。
「確か、曹操殿は袁紹殿と近しかった。しかも袁家は、十常侍を粛清した際に政権の中枢に入れなかったことに忸怩たる思いがある筈…となれば、そこがぶつかることは避けられないかもしれません」
何気なく荀攸が口にした懸念に、何顒は目の色を変えた。
「おいおい冗談じゃねえぞ、何のために俺が袁紹殿の懐柔策を入れ知恵したと思ってるんだ」
董卓が政権を掌握した頃、山東へ引いた袁紹を追撃しようと息巻いていた時期があった。
それを抑えたのが、袁紹とも誼があり人事を任されていた何顒である。
袁紹に官職を与えて下に置くよう進言したところ、董卓は意外にもそれを呑んだ。それで、当面の争いは避けられていたのだ。
この冷却期間の内に、董卓を何らかの手段で屠るつもりでいたが、その機会を得られぬまま状況は悪化している。
「あの時点では貴方の策が正解だったでしょう。しかし、最早穏便なやり方では抑えきれないところまで来ているということです」
「元より、董卓殿は平らかな世で生きられるような御仁ではない。自ら乱を招くお人だ…っ、ゴホッ」
荀爽は突然、激しく咳き込み出した。
傍に控えていた王允が、黙って水を差し出す。
「ああ、申し訳ない…ここのところ、咳が抜けなくてな」
「…ご無理はなさらぬように」
「王允殿こそ、お加減が優れませんか?」
「えっ?」
逆に荀爽から心配そうに覗き込まれ、王允はわずかに顔を強張らせた。
「いえ。先程からずっと黙っておられるし、顔色も…」
「あ、ああ…ご心配なく。私もこの先、どうすべきかと思いましてな」
「はいはい。王允殿の黙り癖とひでぇ顔色は昔っからだもんな」
投げやりに何顒が言い捨てると、それを横から荀攸が叱り飛ばした。
「何顒殿、口が過ぎます!」
「よい、荀攸殿。ここで私たちだけで言い争っても仕方ない…」
王允の言葉に、荀攸も何顒もハッとする。互いにばつの悪い顔をし、頭を下げた。
「っ…失礼しました」
「ああ、悪かった…俺もつい気が短くていけねぇなぁ。王允殿もすみません」
「いや…」

王允は内心、心乱れていた。
暗殺に向かう曹操の背中を押したのは、自分だからである。
元々、三人には黙って、独自の方法で董卓を滅する機会を窺っていた。
何顒たちは己の手で始末する事を念頭に置いているが、それでは間に合わぬと思っている。
決断力と実行力のある者を利用して荒事を任せるか、あるいは知勇とは関係のない方法で均衡を内から崩すべき、というのが王允の考えだ。
曹操が董卓の懐に飛び込むつもりでいることを、仲間内と話しているのを聞いたのは、ほんの偶然だった。



『曹操殿、今…皆様とお話しされていたお覚悟は真ですか?』
『ほう、これは王允殿』
壁際から出てきた王允を見た曹操は、即座に腰の得物に手をかけた。容赦ない殺気が辺りを包む。
王允の背中を、汗が伝った。しかし同時に確証も持てた。
この気骨があれば、あるいは。
『私を斬るのは構いません。ですが私を殺しても世は変わりません。董卓殿であればともかく』
『…確かにな』
曹操はにぃっと嗤い、得物にかけた手を外す。
『事を起こすおつもりなら、中庭を通るのは悪手です。近頃は張遼殿が常に見張りをしております』
そう言いつつ王允は跪くと、懐に隠していた七星剣を差し出した。
『これは何だ?』
『我が家の宝にございます。そこそこの値はあります故、これを献上するとでも言い繕えば董卓殿も喜びましょう』
『…ふっ。よかろう、乗ってやる』
自分を利用しようという王允の魂胆は、曹操には見えていた。
だが、董卓に上手いこと近づくための理由を探していたのも事実だ。利害の一致、そう判断したまで。
曹操は七星剣を受けとり、さっと踵を返す。その背中に、王允は深く一礼した。



「……あぁ」
曹操が失敗したと知った時は、落胆したが仕方ないとも思った。
だが、これが荀攸の言うように、戦乱を引き起こす火種にも成り得るとまでは考えが及ばなかった。
今更ながら、己の浅慮を深く恥じる。
既に仕掛けている別の策が、まだ結果を得られてない故に焦りが生じたのかもしれない。
無論、三人はそのような現実を知る由もない。
故に、輪の中にあっても、王允は独り誰にも見せられぬ苦悩を抱えていた。

「最悪、もし戦となれば…黄巾の乱どころの騒ぎではない」
漢室の主力軍と、それぞれ地盤を持つ勢力同士がぶつかり合う構図になるのだ。
民草が膨れ上がった結果の反乱を鎮めるのとは訳が違ってくる。
正真正銘、国を挙げての武力の激突だ。当然戦乱の規模も大きくなることは容易に想像がついた。
「…潁川もただではすまんな」
壁に貼り付けた地図を、荀爽は悲痛な顔で眺めた。
「……っぐ」
珍しく、荀攸が苛立った様子で酒の器を卓に置く。
脳裏には、この場にいない叔父の顔が浮かんでいた。





重苦しい曇天の夜明けの中、荀彧はいつものように登城していた。
「…公達殿?おはようございます」
門をくぐったところで、荀攸が待ち構えていた。
いきなり現れた荀攸に小さく驚きながら、荀彧は微笑みを向ける。
荀攸は少しだけ眉を顰めると、荀彧の手をがっと掴んだ。
「えっ?」
「お話があります、こちらまで」
荀攸は、人気のない壁際まで荀彧を引っ張る。
周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、単刀直入に切り出した。
「文若殿、悪いことは申しません。どうか潁川にご帰郷ください」
「こ、公達殿…突然、何を」
戸惑う荀彧に、荀攸は立て続けに言葉を放った。
「一昨夜、曹操殿が董卓殿の暗殺に失敗したという話はご存じですね」
「っは、はい」
存じているも何も、その本人の逃亡の手助けをしている。
荀彧は若干焦りながら、首を縦に振った。荀攸は尚も、早口で捲し立てる。
「曹操殿が事を起こしたことで、董卓殿が諸侯へ向ける目も厳しくなるでしょう。また、曹操殿をきっかけに、各地の諸侯が動く可能性も高まりました。即ち、戦になる危険が生じたということです」
「そんな…ですが、確かに」
「もし戦となった場合、恐らく此度は潁川も戦場になります。そうなったら、ご高齢の陰修殿だけで潁川を守るのは、ほぼ不可能です。貴方が支えとならなければ。そして、いざとなれば一族郎党と共に、潁川を捨てる覚悟もお持ちください。皆を導けるのは貴方しか」
「ま、待ってください」
色々なことを一息に言われてしまい、荀彧は慌てて制した。
「仰っていることはわかります。ですが、公達殿たちはどうなさるのです?」
「俺たちにはまだ、ここでやるべきことがあります。洛陽は離れられません」
「そんな…では私だけが洛陽を、帝や公達殿たちを見捨てて離れろと?」
「守宮令に籠っているだけの今の貴方では何程のこともできません。潁川に帰るべきです!」

「……!!」
荀彧の顔色がざぁっと青ざめた。それを見て、荀攸も我に返る。
「っ、あ、その」
彼を心配するあまり、一番言ってはいけないことを口にしてしまった。
だが、一度放った言葉は取り消せない。
「…私が無力なのは、承知しています。公達殿のお言葉が正しいのも、十分理解しています」
「文若殿、申し訳ありません。貴方が望んで守宮令にいるわけでもないのに無礼なことを」
荀攸は慌てて言葉を紡ぐが、最早荀彧には聞こえていなかった。
「少し、考えさせてくださいっ…」
荀彧は顔を俯かせたまま荀攸の手を振り払うと、そのまま宮殿へと走っていってしまった。
横顔に滲む涙に気づいた荀攸は、追いかける気力も削がれ、呆然とその背中を見送った。
「文若、殿…」
どうして、あんな冷たい言葉しかかけてやれなかったのか。
国に才を尽くすことを夢見て、そして現実に打ちのめされている彼に、どうして何一つも優しくできないのか。
白銀の月明かりの下で交わした約束が、また遠退くのを感じた。



「っ、う…」
文机に体をもたれさせ、独り荀彧はうちひしがれる。
他ならぬ荀攸に、今の自分は役立たずであると突き放された、その現実が辛かった。
そんなつもりで言った訳ではないことも、理解している。ただ自分を、危険な洛陽に居させたくない一心からの言葉だと。
それでも、今の荀彧には剣よりも重い一撃だった。

荀攸の言うとおりなのだ。
洛陽に来てからというもの、ただこの狭い部屋に籠って燻り続ける毎日。
こんな場所で枯れ落ちるくらいなら。己の成すべきを成す場所へ帰る方が、故郷に力を尽くす方が、世のためだろう。
だが、それでも。

過日の、帝の涙と笑顔、そして無の表情が頭から離れない。
あの小さな体に一人孤独と国を背負い、董卓に操られるままの帝を、自分は救えないどころか見捨てていくのか。
「……っぐ」
揺れる心のまま、荀彧は筆を執った。
せめて潁川に残る人々に、事の次第は報告しなくてはと、乱れた思考の中で判断した。
帰るか残るかはともかく、潁川が平和ではいられない可能性は、陰修には早く伝えるべきだ。


紙の半分ほどを埋めた時、入り口がガタリと音を立てた。
慌てて振り返った瞬間、荀彧は凍りつく。
「と、董卓殿…!?」
凄まじい怒気を放った巨体が、入り口を塞いでいた。荀彧と視線が合うなり、真っ直ぐ向かってくる。
その迫力に、荀彧は怯えた。命の危険すら覚えた。
「荀彧、貴様!」
「あっ!?」
董卓はいきなり荀彧の胸倉を掴み上げ、侮蔑の眼差しで見据えた。
「貴様は人を誑かすのが随分得意のようだな。この顔か?それとも体か?」
脂ぎった無遠慮な手が、荀彧の頬と尻をいやらしく撫で回す。その薄気味悪さに、体が硬直した。
「っや、おやめくださいっ!何をっ…!」
「とぼけても無駄だぞ」
「っ…これ、は?」
突然鼻先に差し出されたそれを、荀彧はすぐには認識できなかった。
深い紺色をした、布の切れ端。
ただ、そこから何故か、自分の身につけた香りがした。
「これは一昨日、わしが曹操とやりあったときに奴の腕から引きちぎったものよ」
董卓の顔が、苦々しく歪められた。



『待てぃ曹操!!貴様だけは!わしの手で殺してやる!!』
董卓は血眼になって曹操を追いかけていた。
『ほう、自ら出向くとは。余程頭に来たと見えるな…』
流石の曹操も、董卓自身が出てきたことに驚く。だが、最早相手をするつもりはなかった。
曹操の手には鉤縄が準備されていた。城壁に取り付けば、脱出は成ったも同然だ。
『ええいもう!!』
董卓は腹立ち紛れに、手にしていた七星剣を投げつけた。
それは先刻、曹操によって献上されたもの。そして、あわよくば自分の命を奪おうと掲げられたものだ。
その軌道は凶悪なほど正確に、曹操めがけて真っ直ぐに飛んでいった。
ザシュッ、という明らかな手応えのある音が響く。
『ぬぅ…!』
曹操は一瞬痛みに怯んだが、構わず鉤縄を城壁に掛けた。
『逃がさんぞっ…むっ!?』
今度は、闇の中から董卓めがけて何本もの矢が飛んできた。
音に反応した董卓は、咄嗟に自分の近くにいた兵士を盾にして防ぐ。
ぎゃあという兵士の断末魔を聞きながら、矢の雨を凌ぎきった。

事切れた兵士の肉体を投げ捨てた時には、曹操は既に城壁を登り切っていた。
『おんのれ…』
怒りに腸を煮え繰り返らせる董卓は、ずかずかと歩いて投げた七星剣を拾い上げた。
切っ先に、何かが巻き付いていることに気付く。
紺色の布切れだった。恐らく曹操の袖の辺りの布だろう。
我ながら上手く投げたつもりではあったが、命を獲るまでに至らなかったことに口惜しさが増した。

ふと、芳しい香りが董卓の鼻を掠めた。
『んん?』
董卓は、手にした布の匂いを嗅ぐ。上品な香の匂いが鼻腔に広がった。
この香りには、覚えがあった。守宮令に詰めている美青年の輪郭が形を成す。
事を察した董卓は、下卑た笑みを浮かべた。



「何故、香を嗜まぬ曹操から貴様の香がする?」
「それは…っ!?」
荀彧の顔がひきつった。
曹操を地下に匿った時、確かに一度彼の手を取った。あの時に自分の香りが移ったのか。
嗜みとしている香が、まさかこんな形で仇になるなど。
「何もできそうにない顔をしておいて、罪人の逃亡を手引きするとはいい度胸だ。本来ならば即、死罪だがな」
「やっ、あ…おやめくださいっ、やぁ…!」
抵抗したが、同じ男とはいえ体格差も力の差も歴然だった。
荀彧はあっという間に組み敷かれ、頭上で腕を縛り上げられてしまう。
「やめっ、何をっ…あぁあっ!?」
自由を奪われた上、胸元に手がかかる。強引に装束を引きちぎられ、胸を肌蹴させられた。
「ぐふふふ…殺すには惜しい顔と体をしておるわ。これで償ってもらおう」
満足げな笑みを浮かべた董卓は、指でつっと荀彧の胸元をなぞった。
その感触の気持ち悪さと恐ろしさに、体が震えた。
「あっ…!だ、誰か、誰かっ…」
「こんな場所に誰かが来るとでも本気で思ってるのか?んん?」
泣きそうな声で助けを求める荀彧に、董卓は意地悪く現実を突きつける。
「嫌ですっ…!」
自分がこれから何を強いられるかは、流石に察知していた。
それがあまりにも、屈辱的な行為であることも。
「やはり貴様をここに押し込めたのは正解だったな。じっくり楽しませてもらうぞ」
「お許しください!お願っ…ん、んんっ…!?」
突然、荀彧の口に水差しが押し込まれた。
注ぎ口から、水や茶とは違う、どろりとした液体が口内に注がれる。
咄嗟のことに、思わずその液体を飲んでしまった。やけに甘ったるく、薬臭い味。
「っぐ、けほっ…な、何…?」
「安心せい、すぐに気持ちよくなるわ」
「あ…えっ…あぁっ!?」
董卓は、荀彧の胸元の飾りを摘まんだ。その瞬間、ぞわっと背筋に痺れが走る。
それは先程の、無遠慮に触れられる気味悪さからくる震えではなかった。
「どうだ?ん?」
「っあ!?ひぁ…あ、や、ああっ!」
両方の胸を弄られ、揉みしだかれるたび、荀彧の体が粟立った。
声にも、己の声ではないような甲高い色が混じってしまう。
嫌な筈なのに、気持ちいいと感じてしまっている。
「思った以上に即効性があるだろう?自分が雌になっていく感覚を楽しむがよい」
「なっ…」
その一言で、媚薬を盛られたという事実を悟った。
「おっ、お願いです、やめ…ああぁっ!?」
自分の体ではなくなっていく感覚に怯える中、下半身へと手を伸ばされる。
既に服の下で窮屈になっている自身を布越しに触られ、荀彧は金切り声を上げた。
「あっ!ああぁっ…!」
「どうした?ここをこんなにするとは、随分と淫乱よのぉ」
「ち、違っ、お、おやめくださ…ひうぅっ!」
もがけばもがくほど、漣のように快感が生まれては押し寄せてくる。
必死にそこから逃れようと身をよじるが、その仕草すら淫靡な色気を漂わせ、益々董卓をつけ上がらせた。
「何が違うというのだ、こんなに垂れ流しおって」
「やめ、いやぁ、あ…っ!」
董卓はついに荀彧の下履きを脱がし、緩く勃ち上がったそれを露にした。
恥ずかしい姿にされ、慄く間もなく握り締められる。
いきなり与えられた強い刺激に、悲鳴を上げながら仰け反った。
「ひあぁあぁ!おねがっ…やあっ、あ、ああ…!」
「ほう…いい声で鳴きよるわ。もっと鳴いてみせんか」
「いや、あ、ああっ、ああ……や、っ…あ、あ、あぁあんっ!!」
泣き喚きながら、決して望んでいない快楽の頂点へと達する。
勢いよく吐き出されたそれは、荀彧の腹や部屋の床を白く汚した。

「あっという間に達しおったか。己の職務の場を汚すとは、なんという文官よ」
董卓は下品な笑いを浮かべながら、文机に置いてあった書きかけの書簡を取る。
あろうことか、その紙で、床に飛び散った荀彧の精を拭き取り始めた。
「い、いやぁっ…!やめて、それはっ…嫌ですっ、嫌ぁ…!」
陰修に向けて書いていた大切な文が、己の精に滲んで穢れていく。
あまりの屈辱と羞恥で、荀彧の頭は壊れそうだった。
「まだ終わりだと思うなよ。貴様もまだまだこんなに欲しているではないか」
董卓は、ぐしゃぐしゃになったその書簡で、とどめとばかりに荀彧自身を擦り上げた。
「あ、ああぁっ!」
紙のごわついた感触が的確に荀彧を刺激し、またも強い快感を巡らせる。
達したばかりのそこは再び形を持ち、先から蜜を零し始めた。
「っあ、お、お許し、くださ…もう、やめて…!」
薬の力は絶大だった。荀彧の意思とは関係なく、色欲に体が蕩けていく。
悶え苦しむ荀彧を更に追い詰めるべく、董卓の手は股を強引に割って秘所を探った。
「っひぅ!あぁっ、やぁあ!」
指を無理矢理ねじ込まれ、荀彧の背が反り返った。
思った以上に指が入り込んでいくことに、董卓は感嘆の声を上げる。
「ほう。もう既に柔らかくなっておるな。それとも何だ?荀攸あたりとでも経験があるのか?」
「っ…!?」
耳元で意地悪く囁かれた人の名に、荀彧の視界が真っ赤に染まった。
自分だけでなく、荀攸さえも侮辱するその言葉に、血を吐く思いで叫ぶ。
「そん、な、ことはっ…!!」
「まあどうでもよいわ、ここは最早わしのものだからな」
董卓は荀彧の声など聞いていない。下卑た欲のままに、指で荀彧を犯し尽くしていく。
「っあ、はぅっ!あぁっ!だ、め…やめ、てぇ…!」
時折強い快楽を呼び起こす箇所を引っ掻かれ、心とは裏腹に体は何度も跳ねた。
「流石に奥まで来るとキツいか。まあよい」
指を引き抜くと、董卓はいよいよ前を寛げる。
荀彧の視線の先に、股からいきり立つ黒々としたものが映った。
「っひ、う…あ、あっ…いや、いやだ、いやぁっ…!」
見たこともないおぞましさを伴うそれから逃げようと、必死で足掻く。
哀しいかな、それは徒な抵抗でしかなく、董卓の嗜虐心を煽るだけだった。
「さぁて、ありがたくわしのものを受けとるがよいわ」
「や、やめ、やっ…あ、いやぁあああああああ!!」
董卓の巨大な茎が、荀彧を無惨にも貫いた。
指とは比較にならない圧力が荀彧の秘所を押し開き、蹂躙していく。
「ほぉ、これはいいな…!貂蝉とどちらが上かのぉ?」
絡みつく肉壁の心地よさに、董卓は満足げに嗤った。
自慢の舞姫にも優るとも劣らぬその美しい体に、己が楔を何度も打ち付け、酔いしれる。
「っあ、ああっ、いやぁっ、だ、め、あっ、あああんっ!!」
乱暴に腰を突かれる痛みと、それでも沸き上がってくる快感に溺れ、頭が霞んでいく。
焦点の合わない、虚ろな表情のまま嬌声混じりに喚く荀彧の姿に、董卓はこの上なく興奮を覚えた。
「ぐふふふ、これは飼うのに値するわ……気に入ったぞ、荀彧!」
「あ、あぁああああ……っ!!」
董卓の欲望を中に叩き付けられるのを感じたところで、荀彧の意識は途切れた。



「ん…ぅ…?」
重たい瞼を開けると、まずは豪奢な天井が目に入った。
見たことのない空間。ここは、どこだろう。
「…あっ!?」
起き上がろうとした瞬間、腰に激しい痛みが走った。
耐えられず、そのまま倒れ伏す。ふわりとした、柔らかく上等の感触だった。
かなり、高級な寝台に寝かされているようだ。何故。どうして。

「っ、あ…ああっ!!」
朧気だった頭がふいに覚醒する。この身に受けた忌まわしい記憶と共に。
「いや…ぐぅっ!!」
痛みに構わず飛び起きると、今度は全身が軋んだ。
思わず肩を掴むと、またも妙に柔らかい布の感触が手に走った。
そこで、初めて荀彧は己の格好に気づく。
「な…これ、は……!?」
肌が透けて見える、紫色の薄布。女性のように胸元を強調する青い胸当て。下半身も、女物のような柔らかい布の袴を履かされている。
左足首には枷がつけられ、寝台と鎖で繋げられていた。逃げ出すことのないように。
「あ、あ、あぁ……!」
自分に施された仕打ちに恐怖し、体も、声も、震えが走った。

「やっと気がついたか」
見計らったかのように、奥の扉が開いた。
趣味の悪い平服姿の董卓が、いやらしくねっとりとした目線を向けてくる。
「ほぉ。よう似合っとるぞ。奴隷には相応しいな」
「っ?どれい…?」
突然放たれた言葉に、耳を疑う。
董卓は震える荀彧に近寄りながら、最後通告を言い放った。
「わしを謀った罰じゃ。貴様には死の代わりに、わしの奴隷となる誉れを賜ってやろう」
「な………!」
絶望に、視界が歪む。
瞳から光を無くし、呆然となった荀彧を、董卓は構わず押し倒した。
「せいぜいわしを楽しませろ」
薄布をめくり上げ、白い裸体を露にする。
「い、いや……いやです、やめ、て、いやだ、あああっ…!」
荀彧の叫びはただ虚しく、寝室に木霊した。





「おい荀攸殿!!本当か!?」
登城の支度をしていた荀攸の元に、何顒が駆け込んできた。
「なんですかいきなり」
朝から慌ただしい何顒の声は、寝起きの頭には辛い。荀攸は冷たく睨みつけた。
しかし次に何顒が言った台詞に、息が詰まった。
「荀彧殿が職を辞して、潁川に帰ったって噂だぞ」
「…………」
時が止まったかのように動かぬ荀攸を見て、何顒は怪訝な顔をする。
この様子では、どうやら荀攸も今まで知らなかったらしい。
「おい……本人から別れの挨拶もなかったのかよ?」
「……いえ。ただ、帰郷するようには俺から勧めました」
荀攸は、努めて平静な声で言った。
「はぁ?まあ…それで帰ったってんなら仕方ねぇけど。これだけ情勢がきな臭くなっちまったらな」
そう言って納得しかけたものの、やはり何顒は引っ掛かった。
あの生真面目な荀彧が、少なくとも親しい者に対しても何も言わずに立ち去るなどということが有り得るだろうか。
「…いいのです、これで」
荀攸は目を伏せた。
これは罰だ。彼を、理不尽な言葉で突き放したから。
きっと愛想を尽かされたに違いない。いや、それでいいのだ。
いつ何が起きるともしれない洛陽で、何も出来ずにいるよりも、故郷で戦乱に備える方がずっと、彼のためになる。
荀攸は必死で自分に言い聞かせた。心のどこかに、後悔と違和感を覚えながら。


「何顒殿、荀攸殿」
自宅を出ると、兵士が数人待ち構えていた。 その物々しさに何顒は後ずさる。
「うわっ、いきなり何だよお前ら!」
「…何用です?」
荀攸が訝しみながら訊ねると、抑揚のない返事が返ってきた。
「董卓様がお呼びでございます」




2018/06/13

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